褒めれば人は育つは本当か? 厳しくすれば人は伸びるのか?———『「叱れば人は育つ」は幻想』著者に聞く
「褒めて伸ばす」が主流になった現代の職場。一方で、心のどこかで「厳しくしないと人は育たないのでは」と感じている人も少なくないはずです。
今回は『〈叱る依存〉がとまらない』や『「叱れば人は育つ」は幻想』の著者で知られる村中直人さんに、「褒める」や「叱る」のメカニズムについてお聞きしました。
「自分は修羅場を乗り越えて成長した」───そう思っている人ほど、この記事を読んでほしいと思っています。どうぞ最後の「まとめ」までお読みください。
村中 直人
1977年大阪生まれ。
臨床心理士・公認心理師。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事、Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。 著書に『〈叱る依存〉がとまらない』『「叱れば人は育つ」は幻想』など。
「叱る」ことの依存性や、叱責が成長に必要という思い込みを、脳・神経科学や心理学の知見から問い直している。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
「叱るのをやめて褒めましょう」って話をすると思ってるでしょう?
講演なんかではいつも同じ話をするんですけど、
「今日の講演を聴きに来たみなさんは、最後に講師が『叱るのをやめて褒めましょう』と言うのを期待しているでしょうが、私は絶対にそんなことは言いませんよ」
って伝えてるんです (笑)
おもしろ (笑)
「叱らずに褒めましょう」って言われると思いますよね〜
叱るというのは、相手にネガティブな感情を与えて「こう動け」とコントロールする行為ですよね。
褒める場合でも「自分の基準に足りないと叱る、満たしていれば褒める」ということになりますよね。
この構造だと、行動は「上司や親がどう思うか」を予測して動くことになります。
「褒める」も「叱る」も、思い通りに人をコントロールしようとしている。
つまり、「褒める」でも「叱る」どちらでも、上司や親などの相手がどう思うかで行動を選んでいるだけになりやすいんですね。
わかりやすい。
とはいえ、現場のマネージャーからすると、「じゃあ褒めるなってこと?」ってなりそうなんですが……
褒めるな、叱るなって話ではなく、どういう影響があるかメカニズムを知って、どうするかを選ぶことが大切です。
人間の行動が促進されるメカニズムは、大きく分けて2つあります。
ひとつは注意されたくない、評価を下げたくないといったネガティブな感情から逃れるために行動する『防御モード』。
もうひとつは、自分がやりたいからやる、面白いからやる、という内発的な動機で動く『冒険モード』。
上司が注意したら部下はすぐ動くし、締切を短くすれば残業してでも仕上げる。
不安は人間にとって非常に強い行動のトリガーなので、『防御モード』にさせて人を動かすのは、即効性があるんですよ。
たしかに、今すぐに人を動かすなら、それはそうかもしれない。
でも、先程のお話の通り、これだと「目的のため」に自律的に動くのではなく、「防御のため」に動いてるだけなんですよね。
そうです。
問題は、圧をかけている間しか効かないってことで。
防御モードで動いている人は、防御しなくて良くなったら止まります。
その場は乗り切れても、 防御システムが作動すると、前頭前野などの動きが低下して学習しにくい状態になることが研究で明らかになっています。
つまり、経験したことが学びとして定着しなくて、「上司に注意された」とか「上司に褒められた」ってことだけ覚えちゃうんですよね。
そうなると、上司はなんらかの圧をかけ続けなければ動いてもらえなくなるし、部下はいつまで経っても「言われないと動かない人」のままになる。
「上司に注意された」とか「上司に褒められた」ってことだけ覚えちゃう!!!!
叱るのが『防御モード』を強化しちゃうのはよくわかりますけど、「褒める」っていうポジティブなフィードバックでもダメなんですかねえ?
ポジティブではありますよね。
褒められたことで安心し、自律的に考えることが促進されるときはいいんです。
ただ、「なにが上司に褒められる行動だろう」と考えてしまうのであれば、『防御モード』と近い、受け身の状態なんです。
なるほどな〜
たしかに「なにをしたら上司に注意されず、褒められるんだろう」って基準で動いてたら、『防御モード』と同じだよなあ。
「これがやりたい」「面白そう」「自分で判断した」っていう自律的な動きではないんですね。
褒めちゃダメって話ではないですよ (笑)
褒めることで、相手をコントロールしているのであれば、結局は「思い通りに人を動かそうとしていることを理解していますか?」って話なんです。
修羅場は人を成長させるのか?
叱っても、褒めても『言われないと動かない人』になってしまうんだったら、厳しい環境に放り込んで、動かし続けるしかないって考えてしまうマネージャーが出てきちゃいますよね。
自分自身、修羅場を経験して成長したというマネージャーなら、なおさらそう思いそう。
それは非常に多い反応ですね。
危機感がある状況では、いつもよりも力が発揮されることは確かにあります。「火事場の馬鹿力」とも言われますよね。
ただ、「介入の効果」と「学習の効果」の違いについて知っておく必要があります。
上司が何らかの介入をして動かすパワーは、その場を乗り切るための「介入の効果」としてなら、確かにある。
しかし、経験によってその後の行動がより良く変わっていく「学習の効果」は、ほぼなくなってしまうんです。
なるほど、「上司の命令なんだから…」ってのは短期的には「介入の効果」があって動く。
ただ、それには短期的な「介入の効果」しかなくて、「学習の効果」はないってことか。「言われないと動かない人」のままになる。
良い悪いじゃなく、脳の仕組みなんです。
先ほどもお話しましたが、『防御モード』のときは、学びにつながる前頭前野の動きが鈍くなることが研究で明らかになっています。
脳が「今はとにかくこの場を逃れろ」という処理をするから、その場を切り抜けるための行動力が上がる。
ただ、何かを理解したり身についたりはしにくい状態なんですね。
自律的に動ける人を増やそうとして、「厳しい環境をくぐり抜けたから今の自分がある」とか「修羅場を経験してこそ成長する」って言いがちですけど、逆なんですねえ。
そういう『防御モード』で人を動かしてると、長期的に動きの悪い組織になってしまう。
自律的に動ける人を増やしたいのに逆のことしてるわけか。
もちろん、厳しい環境や修羅場を経験することで成長したり、自律的に動き出すことはありますよ。
けれど、それは誰かから「恣意的に与えられた試練」ではなく、あくまで自分がやりたいと思ったことで発生した「乗り越えるべきこと」なんです。
だから、上司が部下に「試練を与えると伸びる」って考えるのは、間違いなんです。
私はそういうのを『苦痛神話』って呼んでいます。
「苦痛を与えられてこそ人は成長する」という思い込みがあると、部下にネガティブなフィードバックをする場面を「こいつを叩き直す絶好のチャンス」と捉えてしまう。
叱ってる側の脳内では「いま、自分は正しいことをしている」と感じてしまって、「叱る依存」が強化されていくわけです。
叱るとか注意するという攻撃的行為と「高い要求を出す」ことは別なんです。
ここまでの話を整理すると、叱っても褒めても、修羅場に放り込んでも「介入の効果」はあるけど、人が育つような学習にはつながらない。
じゃあ、マネージャーはどうやってメンバーと接すればいいんですかね?
急に高校野球の話をしてしまうんですが、東北勢で初の甲子園優勝を果たした仙台育英高校がすごく面白いんです。
練習中に監督の指示命令がほとんどないんです。
村中さんのX/Twitterポスト
選手たちが自分で練習メニューを考え、自分で回している。
監督はたまにグラウンドに来て声をかけている感じです。
選手に任せる……マネジメントしている人の理想ではありますけど、どうして上手くいくんでしょう?
多くのマネージャーが、メンバーが拙い判断をしたり、成果が出ないことをやるのを見て「任せるなんて程遠い」って思ってるわけですけど。
これがスゴいところなんですが、仙台育英高校の須江監督は非常に高い「要求水準」を設計しているんですね。
まず、各ポジションに求められる能力を数値化している。
走力、打撃、守備、それぞれの指標を測定して、そのランキング1位が自動的にレギュラーになる仕組みを作っているんですね。
これ、数字で追い込むみたいな話じゃなくて、「なにを頑張ったら自分のためになるのか」が明確だから『冒険モード』になれるってことですよね。
基準が明確で公平だから、選手は監督に対してアピールしたり、監督とのコミュニケーションで忖度する必要がなくなる。
数値を上げればレギュラーになるけど、監督の機嫌を取っても数値は上がらないことは明らかなんですよ。
後輩がレギュラーに選ばれても、選手自身も納得せざるを得ないし、追い抜きたければ自分で練習メニューを工夫して数値を伸ばすしかない。
監督が指示しないからこそ、選手が自分で考えて動く構造になっているわけですね。
ただ、かなり厳しい仕組みじゃないですか、これ?
厳しいですよ。
でも、「叱る」とか「注意する」という攻撃的行為と「高い要求を出す」ことは別なんです。
それが混ざってしまっているのが問題で、マネジメント側が「高い要求に応えてもらう仕組み」を作れずに手抜きをしていることが多い。
例に出した仙台育英高校は、「高い要求」という厳しさがあります。 でも、同時に「高い要求に応えてもらう仕組み」を持っているんです。
おおおおお!!!
それって「無理めのストレッチ目標」を立てるのも攻撃的な行為で、マネジメントの手抜きってことですよね〜
ただ高い数値目標で追い立てるだけじゃ、『冒険モード』になるわけないですもんね。
仙台育英高校では、入部希望者に対して「家で親に『宿題しろ』と言われているような子は、うちでは通用しません」だとか「自立した生活ができない人間に、自律的な取り組みはできない」と言ってるそうです。
高い要求水準は「厳しい」と感じるものだけれど、攻撃的な指導とは別物なんですよ。
普通のマネージャーも『冒険モード』を作れるのか?
人間の行動が促進されるメカニズムの、もうひとつが『冒険モード』です。
褒められるため、怒られないためという他人を基準にした行動ではなく、自分がやりたいからやる、自分で決めたからやる人は、誰も見ていなくても勝手に動き続ける。
脳が「危機を脱すること」に使われて学習しなくなる『防御モード』と違って、『冒険モード』は学びながら工夫をしていくので、「学習の効果」が高くなるんです。
その『冒険モード』を作るには、どうすればいいんでしょう。
短期的な「介入の効果」ではなく、中長期で組織が成長する「学習の効果」が高い状態を作りたいマネージャーは多いと思うんです。
でも、普通の職場のマネージャーが仙台育英みたいな仕組みを作ることはできないですよね?
私の著書では「前さばき」と「後さばき」という言葉を使っているんですが、多くのマネージャーは問題が起きた後にしか対処していないんです。
「後さばき」は、問題が起きた後の対応です。報告が遅れた、成果物の品質が低かった、会議で発言しなかった。
そうした結果を見て、「なんでこうなってるんだ」と反応する。
叱る・褒めるは「後さばき」ってことですね。
たしかに、結果を見て叱る・褒めるってマネージャーがほとんどですね。
仙台育英高校のように、前さばきとして「選手がすぐに自律的にがんばれる仕組み」があるのは理想ですもんね。
前さばきの第一歩は「予測」です。
部下に仕事を任せたとき、どんな成果が上がってくるか、どんなトラブルが起きそうかを予測する。ただ、予測して終わりではありません。
次に、「どうなっていればOKなのか」を先に合わせる。
そのうえで、「この人はどこでつまずきそうか」「何が分かっていなさそうか」「どのタイミングで確認すれば手遅れにならないか」を考える。
結果が出ないかもしれない取り組みをやらせておいて、「なんでこんな結果なんだ」って言うマネージャーいるもんなあ。
真剣にやっても結果が出ないこともあるって事前に理解していれば、その人の行動のせいにするんじゃなくて、別の取り組みを一緒に考えたりできますからね。
たとえば成果物の品質が低いなら、「ちゃんと考えてない」と見るのではなく、「完成イメージを共有できていなかったのかもしれない」「判断基準が分かっていなかったのかもしれない」「途中で相談するタイミングがなかったのかもしれない」と予測できるようになることが大事です。
そうすると、次に仕事を渡すときの前さばきが変わります。
「部下はちゃんと考えてない」って言ってるマネージャー全員に聞かせたい言葉だ (笑)
「なぜやらないんだ」と問うと、後さばきになります。
完成イメージを先に見せる。判断基準を言葉にする。途中で一度見せてもらう。
そういう、前さばきのマネジメントができるようになるんです。
まとめ:「厳しくする」の意味を取り違えない。
心のどこかで「プレッシャーが人を強くする」と思っていた人は、多いのではないでしょうか。
■ 褒めるも叱るも、『防御モード』で人を動かしているだけかもしれない。
相手が「上司にどう思われるか」で動いているなら、それは防御モード。
■ 修羅場を経験させたり、ストレッチした目標を頑張らせるのは、「介入の効果」しか出ない。
圧がなくなった瞬間に止まるし、脳が学習に使われにくいから「言われないと動かない人」のままになって、長期的な学習にはつながらない。
■ 「攻撃的な指導」と「高い要求水準」は別物。
「厳しくする」の意味を取り違えて、「高い要求に応えてもらう仕組み」を作れないから、「叱って人を動かす」という手抜きをしてしまっている。仙台育英の須江監督の事例は、攻撃的な指導をせずに、高い要求水準と自律性を両立させた好例。
■ 『防御モード』ではなく『冒険モード』で動ける環境を作る。
自分がやりたいからやる、自分で決めたからやる。その状態の人は、誰も見ていなくても動き続ける。
■ 「前さばき」で叱る依存から抜け出す。
問題が起きてから叱るのではなく、予測して事前に手を打つ。メンバーの失敗は「ちゃんとやってない」ではなく「まだできない」と捉える。その瞬間に問いが変わる。「なぜやらないんだ」から「どうすれば成功確率を伸ばせるか」へ。
村中直人の雑記帳 (公式サイト)
〈叱る依存〉がとまらない
「叱れば人は育つ」は幻想 (PHP新書)
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2026年3月